2016年11月06日

若宮戸の水管橋そばの溢水は市道「東0280」により自然堤防が切り開かれ低くなった箇所を通って堤内地に浸入した!!この道路は70年あまり前には存在しており河川管理者の国交省が何ら対策を施さずに来たのは明らかに瑕疵である!!

若宮戸の水管橋そばの市道「東0280」に、
なぜこだわっているかといいますと、
次の図面をご覧下さい。
https://kinugawa-suigai.up.seesaa.net/pdf/suikankyo-chikei01.pdf

若宮戸の水管橋付近 市道「東0280」周辺の地形1
図−1


わかりやすく標高20m(T.P.)ラインを赤色にしてみました。
皆さんこの図−1を見て何かお気づきになりませんか?

図−1の「A」と「B」の20m以上の自然堤防を切り開いて
市道「東0280」が走っています。
「A」と「B」は元々地続きでしたが、この道路を通したために
「A」と「B」は分断されてしまい、道路の部分が低くなってしまいました。

ここからが重要なポイントです。
下の図は国土交通省関東地方整備局下館河川事務所が公開している
「平成27年9月関東・東北豪雨」及び「鬼怒川緊急対策プロジェクト」について(平成28年9月1日)
に掲載(33/81ページ)されている図です。

若宮戸の溢水
図−2


この図−2に図−1の「A」と「B」を加えてみると、図−3となります。

若宮戸の溢水
図−3


そして、図−1に溢水したDの流れを入れてみると・・・
図−4となります。
ドンピシャです。
https://kinugawa-suigai.up.seesaa.net/pdf/suikankyo-chikei02.pdf

若宮戸の水管橋付近 市道「東0280」周辺の地形2
図−4


市道「東0280」で切り開かれて低くなった箇所を通って、
堤内地側に溢水したことがこれで一目瞭然です。


この市道「東0280」が溢水に影響したことは間違いないでしょう。

常総市の建設課の説明では、この市道「東0280」
昭和61年に石下町により町道認定を受け、
合併後、常総市により市道認定を受けていますが、
市道整備工事は一切されていない
ということです。

一方、航空写真によれば昭和22年以前から
この「東0280」に該当する箇所に道路は存在
しており、
石下町や常総市に責任があるというのはかなり厳しい感じがします。


では、被害者は泣き寝入りするしかないのでしょうか?

私は、そうは思いません。

このように切り開かれ、地盤が低くなっていることを
河川管理者の国交省が知らなかったわけがありません。


遅くとも昭和22年にはこの道路ができ、自然堤防が切り開かれています。

昭和22年(1947年)から約70年も経過しているのです。
この間、国交省が全くこの道路に気が付かなかったということはあり得ません。



従って、水管橋そばの溢水も、
国交省の瑕疵により引き起こされた「人災」である
と考えます。







posted by joso at 00:25| 検証 若宮戸溢水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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